2011年12月16日金曜日

今までの経緯を振り返る

 まさか、約1年の間に、三度ロンドンを訪れるとは、本人が一番びっくりである。しかし、自分なりの言い訳という名の理由はある。
 こころを整理するため、昨年10月以降に起きたできごとを、まず振り返る。

 2010年6月7日 Manic Street Preachers “Postcards From A Young Man Tour” を観るため渡英することを決める。
 6月28日 チケットが届く。
 8月14日 渡航に必要な航空券と宿泊先を予約。まさか、このHOTEL65を二度、三度訪れることになろうとは、この時は全く思っていなかった。


 1023 10数年ぶりにロンドンに降り立つ。外は雨。彼女と二人、ホテルをめざし寒く暗い道を歩くも、期待と興奮が熱を発し心は暖かい。 
 1024 晴れてはいるが、外気が肌を突き刺すようにつめたい。バッキンガム宮殿、テムズ川、ロンドンアイなど、型どおりの観光が楽しい。この日は日曜日、セントポール大聖堂ではミサにも参列した。 
 1025 朝から、大英博物館で盗品の数々を見る。ここまで、どうどうと並べられたら、声もでないが、もともとの持ち主は、たまったもんじゃあるまい。昼食は、フィッシュ&チップス。 
 1026 列車に乗り込み、ストーン・ヘンジへ。天気はあいにく冷たい雨。しかも風邪が強い。あまりの寒さに、ストーン・ヘンジを一周することなく正面で記念撮影しただけ。
 1027 テートモダンを満喫。1991年に初めてロンドンで滞在したノッティング・ヒルズで、レコードショップを巡る。ラフトレードは昔と変わらぬ佇まい。
 1028 いよいよマニックス2デイズ。夜に備えて、この日は控えめに街を散策。夕方、会場のO2 Academy Brixtonへ。18年ぶりのBrixton、高まる期待。
が、事件勃発。“ジェームスの病気で公演延期”。 
肩を落とし、中華街でヤケ喰い。
 1029 当然ライブはない。さて、どう楽しむか。ロンドン・ズー近くの美味しいパブで昼食し、数年ぶりの動物園。
 1030 帰国の途に着く。ま、これはこれで楽しかった。

 112627 Manic Street Preachers日本公演。実は、これで火がついた。チケットは、そのまま使える。ロンドンへの再訪を決めた。付き合ってくれる彼女は凄い。

 2011121 午後3時ロンドン着。ホテルにチェックインし、すぐに、O2 Academy Brixtonへと向かう。公演は無事にスタート。1曲目の“Slash ‘N’ Burn”で失神しそうになった。
 122 公演2日目。この日は、バルコニー席からステージ全体を眺める。ロンドンっ子が大好きなサイダー(リンゴで作った発泡酒)を飲みながら聴くのも一興。最後の“Design For Life”に涙する。
 123 前日、前々日の余韻を楽しみながらも、貧乏性を発揮し、自然博物館などを巡る。当分、こないであろう、ロンドンを時間の許す限り楽しんだ。
 124 ヒースローから成田へ。

 717 Manic Street PreachersNANO-MUGENに参加。横浜アリーナに行く。
 718 Manic Street Preachers東京公演。ようやくチケットを手に入れ、新宿BLAZEへ。

 ここまでで、MANICS6回。もうおなか一杯のはず。ところが、である。

 726 Manic Street Preachers、シングル・コンプリートベスト“National Treasures”発表。
 830 The O2 Arenaでのシングル・コンプリートライブ決定。
 1026 Manic Street Preachers、シングル・コンプリートベスト“National Treasures”発売。これを期に、ジェイムズやニッキーが、バンドの活動休止を語りだす。
 渡英するか、どうか。心が揺れ始める。

 1112 結局、三度のロンドン行きを決める。今回は、勢いに任せた一人旅。送り出してくれる彼女に感謝。シングル・コンプリートライブのチケット購入。
 1114 ロンドン行きのチケットとホテルを予約する。同時に、The Levellers - Levelling The Land – Live のチケットを購入。

 以上が、これまでの経過。チケット不達問題もあったが、何とかライブは観られることに。おかげで、イギリスのチケット購入事情にも詳しくなった。

 ところで、ニッキーのtwitterによると、セットリストはリリース順ではないらしい。 気持ちもあがってきた。さて、どうなる、これから。